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2009.05.02 (Sat)

主よ、人の望みの喜びよ/J.Sバッハ

主よ、人の望みの喜びよ(カンタータ147番より)/J.S.バッハ
Jesu,Joy of Man's Desiring(Chorale from Cantata No.147)
J.S.Bach
編曲/マイラ=ヘス 制作/辰巳直弘


http://piano.adam.ne.jp/asx/ba-syu.asx



器楽曲にしても声楽曲にしてもそうだけど、僕らクラシック音楽に携わる人間にとって、バッハの音楽ほど扱いにくいものはない。
演奏や再現にあたって幾度となく推敲させられるし、楽器も記譜法も十分に発達していかなったこの時代に、彼が何を考え、どんな音を求めたのかを、350年を経た現代に蘇らすのは非常に難しい。
けれど、もしかするとその根本が間違っているかもしれないわけで、例えば作曲家という立場で言えば、その時創った音より、もっと表現の幅が広がるのであれば、そうして欲しいとぼくは思う。

ベートーヴェンが新しい性能のピアノを贈られて、水を得た魚のように次々と柔軟によりドラマティックな作品を生み出していったことを見ても、作曲家自身がチェンバロやハープシコード、または粗末な楽器で生み出した音を、そのまま現代のピアノで再現して欲しいとは思っていないかもしれない。

極端に言えば、モーツァルトのソナタの中に時折顔を見せるオンリーワンフォルテの記号も、モーツァルトがもし現代のピアノでその曲を弾いたならフォルテッシモと書き入れた可能性だってある。
時代の音を忠実に再現するのか、またはそこに現代の楽器の性能を加味して新たな表現を加えるのか、演奏者なら絶えず悩まされる難問。

それはひとえに、彼が、彼らが「その時代」に自分の作品が演奏されるという前提の元で作曲したこと、そうして成した技が音楽という芸術の分野では前人未到の高みに到達し、長きを経た現在でも僅かの輝きをも失わない奇跡の所業と言える人類の財産だからでしょうね。
ベートーヴェンやブラームスを始めとするあまたの大芸術家達が大バッハに学び、バッハを取り入れ己の作品を生み出していったように。

まず一番先に考えなければならないのが先にも挙げたデュナーミク。つまりは強弱。

この時代の鍵盤楽器は主にオルガンとチェンバロ。
チェンバロはハープシコードやクラウンザンなど様々な呼び名があるけれど、現在のピアノとはまったく違うメカニズムを持った楽器で、鍵盤楽器でありながらギターのような独特な音がする。
ピアノとの決定的な違いはその発音方法にあって、ピアノは弦をハンマーで叩いて発音するのに対し、チェンバロは弦に引っ掛けられたツメを弾くような発音方法。
つまり強弱がほとんどつけられない。
うなるようなフォルテや、鋭いアクセント、逆に柔らかいピアニッシモなどはチェンバロではいずれも発音不可能。

これはオルガンを見ても同じことが言える。
こちらはパイプに空気を送り込んで発音されるけど、風箱と呼ばれる空気室は基本的に一定の圧力で保たれており、楽曲の中で細かく強弱をつけることは不可能。
つまり、バッハの生きた時代には鍵盤楽器においてフォルテやピアノという概念がなかったのね。

そうした楽器で演奏されることを前提にバッハは鍵盤楽器用の作品を書いた。
もっともこの「主よ、人の望みの喜びよ」は後述するように、もともとはオーケストラを合唱用の作品だから厳密には鍵盤楽器作品ではないけれど、それをピアノで演奏する際、どういった音を思い描くのか。
一方、現在私たちが使用するピアノは非常に繊細な表現が可能になってる。
割れんばかりのフォルテから、消え入りそうなピアニッシモまで、幅広い音量の調節が可能。
バッハやモーツァルトが現在の楽器を用いて作品を書いたら、いったいどんなものが生まれていたのかとっても興味深いところではあるけど、歴史に「たられば」が禁物である以上は、彼らが弾いた音、考えた音を現代のピアノ上で再現するしかない。

これが我々演奏する側がバッハに向き合う際に最初に考える点。

さて、そんなバッハの偉業の中でも、私たちに一番馴染みのある曲がこれじゃないかな。
僕も、一番初めて聴いたバッハがこの曲だった。
余計な派手さや邪念を一切取り払った珠玉の時間芸術っていうのかな、混じりっ気のまったくない極限な透明度の中で、静かにおおらかに、何にも邪魔されることなく、何人にも媚びることなく、自然に流れていく。
当時の音楽は宗教素材を用いた作品が主流だったことを除いたとしても、バッハがこれまでのどの作曲家より神に近い場所で音楽を生み出してきた何よりの証拠なんじゃないかな。

                      
元は合唱曲。カンタータ147番「心を口と行いと生き様は」(Herz und Mund und Tat und Leben)の中の、2つの部分に分かれた各最後(第6曲・第10曲)で演奏される。
旋律自体はさらに前からあって、ヨハン・ショップ(Johann Schop)による4分の4拍子の賛美歌、「我が心、励まん」(Werde munter mein Gemüte(1642))から取られてる。
それをバッハは4分の3拍子に書き改め四声の和声付けをして合唱曲に仕上げたんですね。
原曲にはトランペットが用いられたりしてて、とっても華やかな香りのする重厚なカンタータ。

で、この曲をピアノ曲に編曲したのが、マイラ=ヘス(Myra Hess 1890-1965)っていうイギリスの女性ピアニスト。
H.ファーガソン(1908-1999英・作曲家)によると、1920年のバッハフェスティバルに自身が出演した際、そのリハーサルでロンドン・バッハ合唱団がこの曲を演奏するのを聴いて、その美しさに強く魅せられたのだそう。その後、帰宅してからバッハ協会のスコアを元にピアノ編曲版を作った。
ほどなくして、この編曲を友人に聞かせたり、自身のコンサートのアンコールで取り上げたりしていたのね。
そして1926年、この楽譜を出版するに至った。
ただし、出版に当たって、彼女はかなり渋ったそう。それだけ大切に弾き、愛していたんでしょうね、この曲を。
出版されるとすぐに世界中の演奏家、聴衆に愛好されるようになって、今ではバッハのすべての曲の中でも、最も親しまれる曲のひとつになっていますね。
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