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2010.12.25 (Sat)

第3回定期演奏会後記

1年がかりで進めてきたプロジェクト、ヨハネ受難曲公演がようやく終了しました。

バッハの合唱作品の中でも白眉であるこの作品をぼくが指揮者として上演できるなんて夢にも思わなかったし、正直、本当に上演したのか、終わったのかという実感がまたない状態です。

また、お客様や関係各位の皆様からも、演奏について概ね高い評価をいただき、指揮者として、音楽監督としてまずはほっとしているところです。
演奏時間2時間超、曲数にして40曲から成る途方もない規模の作品ではありましたが、合唱団やオーケストラの皆さん、またホール関係者や各方面の方からご支援とご協力をいただき、こうして成功裏に終えることができたこと、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。

最初、ぼくがこの合唱団と管弦楽団を創設した際、まず頭に浮かんだのがこのヨハネ受難曲の上演だったんですね。
どうせなら、最高峰と呼ばれるものにチャレンジしてやろうと。
けれど、様々な方より非現実的だ、無理だと多くのアドバイスをいただき、ぼく自身も半ば諦めかけた時期もあったんですが、ぼくを信じてついてくれた団員さんや支援者の皆様のお陰で、なんとか形にできたこと、本当に幸せです。

やはり、なんでも諦めずに挑戦してみるものだなと、ぼく自身改めて気付かされた夜でもありました。

ただ、毎回のことではありますが、反省すべき点、改善すべき点も数多くありましたし、音楽面はもちろんのこと、広報、予算、集客などあらゆる面でぼくの甘さ故に思うように運ばなかった部分もありました。

BIWAKOオラトリウム合唱団の定期公演も早いもので、次回は第4回。
そろそろ、出来たばかりだからという甘えは通用しない時期に差し掛かってきます。
ぼく自身、次回はさらに身を引き締め、可能な限り磐石な体制で望めるよう今一度見直し、勉強をし直し、さらなる進歩を遂げられるよう努力する所存です。



さて、次回定期は満を持して、モーツァルトのレクイエムK.626を取り上げます。
モーツァルトの絶筆となった作品で映画「アマデウス」の中で耳にした方も多い珠玉の作品ですが、果たして今のぼくが、どこまで彼の死の瞬間に寄り添えるか、自分でもわくわくしています。

またオーケストラは今回よりも倍の規模で編成しなければならないですし、予算や合唱団の人数など、すべての面でさらなる拡大を行なわなければなりません。

昨日ヨハネの公演が終わりました。
けれど、ぼくにとってはそれは新たなスタートを意味する日でもあります。

ぼくを信じてついてきてくれる団員やオーケストラのメンバー、またご支援、ご協力くださっている多くの皆様方のご期待に添える、いや、それを遥かに上回ることができる演奏を生み出せるよう、これからも不惜身命の覚悟で取り組んでいきたいと思います。

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03:01  |  未分類  |  EDIT  |  Top↑

2010.12.01 (Wed)

BIWAKOオラトリウム合唱団第3回定期演奏会のお知らせ

ご無沙汰しております。辰巳です。

気が付けばもう師走。
本当に1年の流れというのはあっという間ですね。

さて、昨年9月に創団させていただいたBIWAKOオラトリウム合唱団も、今月23日に晴れて第3回の定期演奏会を行なう運びとなりました。
これもひとえに厳しい練習に必死でついて来てくださった団員の皆様、長時間にわたる大曲にも関わらず快くご協力くださったオーケストラの皆様、そして何よりこれまで我々の活動を応援してくださった皆様方のお陰であると、改めて感激している次第です。


さて今回は、第2回公演でお届けしたJ.S.バッハのヨハネ受難曲を、抜粋ではなくアリアを含め限りなくオリジナル版に近い形にてお届けします。
イエスが捕らえられ、十字架にかけられるシーンを描いたヨハネ受難曲の劇的な魅力をお届けできるよう、残された時間、私を含め団員一同精一皆様をお迎えする準備を整える所存です。

つきましてはお時間の許される方は是非会場まで足をお運びいただき、我々に勇気を分けていただけますよう、そしてご指導、ご支援賜りますよう団を代表して心よりお願い申し上げる次第です。

                               BIWAKOオラトリウム合唱団代表 辰巳直弘

Johanne

■前売り券について■
前売り券をご希望の方は、住所、お名前、お電話番号、必要枚数の4点ををお書き添えの上、メールにてお申し込みいただくか、お電話にてBIWAKOオラトリウム合唱団事務局までお申し込みくださいませ。

○メールでのお申し込み
biwakoorachor@yahoo.co.jp

○お電話でのお申し込み
077-532-2463(BIWAKOオラトリウム合唱団事務局:辰巳)


■前売り券のお支払いについて■
お申し込み後、郵送させていただくチケットに、お支払い票を同封させていただきますので、そちらをご持参いただき当日会場にてご清算くださいませ。

■当日券について■
12月01日現在、当日券のご用意も十分にございますので、直近にならないとスケジュールが未定の方などもお気軽にご来場くださいませ。

■チケットの販売・ご清算について■
本公演は開場が16:30、開演が17:00となっておりますが、チケット関連の窓口は16:00より開設しております。

その他、本公演に関してご不明な点、ご質問などございましたら上記までお気軽にお問い合わせくださいませ。

23:59  |  未分類  |  EDIT  |  Top↑

2010.08.20 (Fri)

クリスマスのメサイヤに向けて

今日も関西地方はとんでもない暑さでしたね。
今朝の4時なんですが、エアコンを入れて扇風機を回していてもまだ暑いぐらいです。

さて、今日からメサイアの練習が始まります。
ぼくの高校時代の恩師の先生が主宰されている合唱団で、一昨年同様に指揮者としてお邪魔させていただくんですが、門下生OBの方も沢山参加されるので半ば同窓会のように、今からわくわくしています。

メサイアに限らず、名曲として長い間歌い継がれてている作品というのは、勉強するたびに毎回新しい発見があるんですね。
何度も歌い、何度も振ってきた曲ではあれど、まるで初めて演奏する曲のような感覚があるんです。

そうした朽ちることのない魅力を少しでも引き出せるよう、そして参加される皆さんに楽しんでいただけるよう、今日の第1回練習は、気を引き締めて望みたいと思います!



現在、トップページに拙演・拙作のインデックスを制作中です。
今まだ作りかけなのでお見苦しいかと思いますが、これまでにお届けしたピアノ曲、声楽曲やジャズ、ポップも全曲リスト化して、気軽に簡単に拙演を楽しんでいただけるよう整備していますので、もうしばらくお待ちくださいね。
04:20  |  未分類  |  EDIT  |  Top↑

2010.08.10 (Tue)

原爆65回忌に寄せて~核廃絶は可能か

65年前の8月6日、広島に原子爆弾が落とされ、そして昨日、長崎に原子爆弾が落とされた。
広島への原爆は地上約580mという比較的高い位置で炸裂し、瞬間的に摂氏1,000,000度の火の玉となった。
地上には火球の出現と同時に摂氏6,000℃の熱線が降り注ぎ、爆心地のすぐそばにいた人は、影だけを残して跡形もなく溶けてしまった。

爆風の威力は中心地で瞬間最大風速300mを超えていたと推測され、これは戦後最大の災害であり死者・行方不明者5,000人を出した伊勢湾台風の5倍にあたる。
猛烈な爆風に曝された人という人、建物という建物はすべて破壊されなぎ倒され、跡形もなく消え去ってしまった。
かろうじて一次被爆を免れた人も、ウランやプルトニウムが分裂して生み出された放射性物質により次々と細胞を侵され、一人、また一人と血を吐いて死んでいった。
このたった二発の爆弾で命を奪われた人は、広島、長崎合わせて260,000人にものぼる。

菅首相のおっしゃる「核の抑止力」
日本は有史以来、最初で最後の核兵器の犠牲となった国家でもあり、その痛みを胸に、世界に先駆けて非核化を唱えてきた「大人」な国家でもある。
非核三原則を詠うのは、世界でその痛みを知っている唯一の国家であり、また、この世から核を廃絶したいという願い---いや叫びと言うべきか---を心の底から願っている世界でただ一つの国家であるが故だ。

近年、北朝鮮が核武装をした。
兵器としてはまだまだ稚拙であると思われるが、仮想敵国でもある我が国は確実にその標的であると思わなければならない。
98年に行なわれた北朝鮮による弾道ミサイル発射実験以降、我が国でもミサイル防衛に関しては随分と力を注いできたし、日米の最新鋭イージス艦が常に不測の事態に備え、地上からの迎撃を行なうパトリオットミサイルは、現在も着々と配備が進められている。

しかしながら、核兵器を含め、あらゆる兵器やシステムで100%有効な手段というものは元々存在しない。
ミサイル迎撃システムの信頼性、成功率は随分と向上してはいるが、それでも「絶対安全」とは決して言えず、万が一迎撃に失敗した場合や、飛来するミサイルが複数、あるいは飽和攻撃であった場合、たった一発でも防衛線を突破しようものなら現代の核兵器の威力からすれば東京都が跡形もなく消失し、一瞬にして130万人の命が奪われるような最悪のシナリオも考えなければならない。
しからばと、核弾頭が発射される前に先制攻撃を加え、相手の発射能力を奪えば良いようなものだが、これは我が国の憲法上、もっとも実現の可能性が低い選択だ。

そこで持ち上がるのが「核の相互抑止力」だ。
これは簡単に言えば「核を使用したらこちらも核を使用しますよ」という脅迫の突きつけ合いで、それゆえ「核を持っていれば核を撃たれることはない」といった至極単純な考えだ。
しかしながら、この脅迫が実効性を持つためには、核攻撃を受けた際に100%の確率で核報復を行なえるシステムを備えていなければならない。
そのもっとも有効な手段が、現代においてはすなわち「戦略ミサイル原子力潜水艦」だ。

この戦略ミサイル原潜の任務は「誰にも見つからない深海でじっと息を凝らして待機し、万が一自国に核攻撃が行なわれた際には躊躇なく海底から核ミサイルを撃ち返す」というものである。
任務の性質上、原潜の場所やミッション内容が第三者に知られてしまっては意味を成さないため、当然、その任務は極秘中の極秘で行なわれ、家族はおろか乗組員自身でさえも一部の人間を除いてその行き先を知らされないほどである。
その他、基地からのミサイル発射や洋上からの巡航ミサイルによる発射なども少ないながらに配備されている。

つまり、核攻撃を行なった上で、自国は核による報復を免れようとするならば、そうした核の発射拠点を一つ残らず排除し、撃ち返される危険を限りなく0に近づけた上で核攻撃を行なわなければならない。

しかしこれは事実上は不可能に近い。
敵の核発射拠点は様々な地域に点在し、中には移動式のものも存在するし、しかも、それらの拠点のどこか一つでも残してしまうと、そこから核攻撃が行なわれる可能性が高いからだ。
つまり、地上からの核攻撃能力を完全に奪うには、すべての攻撃拠点を「同時に」壊滅させる必要がある。
しかしながら、仮にこれらの施設をすべて同時に壊滅させることができたとしても、深海に潜むレーダーでも補足できない戦略原潜をすべて見つけ出しこれを壊滅することはほぼ不可能。

つまり、核を持った国の核報復能力を奪うことは、敗戦間際の疲弊した国家を除いては絶対にできない。
だから、撃つと必ず撃ち返される。
ゆえに、持っているだけで、実際には運用できる状態にしておくだけで、核の脅威からは開放される。
これが「核の相互抑止力」を呼ばれる原理だ。

日本は現在、独自には核の抑止力を持っていない。
米軍が運用する核の抑止力に頼っており、これが「核の傘」と呼ばれている。
日本が核攻撃にさらされた場合、米軍が代わりに核による報復を行なってくれる、だろう。
だから日本が核にさらされることはない、だろう、というものだ。

菅総理の発言は、この「核の傘」の必要性に言及したものであるが、現実を見れば確かに日本は米軍の核の傘の元で守られているといっても過言ではない。
しかしながら冒頭で述べたように、核による痛み知っている世界で唯一の国家である日本のリーダーが、間接的にでも「核は必要だ」と発言することにはどうしても感心できない。

核の廃絶は人類がもっとも頭を悩ませる問題となるであろうし、人間は一度手にした魔法を、そう簡単に手放すほど素直でもない。
さらに、戦後、核のあり方は「国家対国家」という図式であったが、近年は「国家対テロリスト」という図式に移り変わっており、撃つなら撃つ返すという脅迫も通用しない時代に差し掛かっている。
テロリストは「国家」を持たないこと、そして「聖戦による死」を恐れていないからだ。

一昨日もイラクでテロが発生し、60名以上の尊い命が奪われた。
もし彼らが核を手にしたとすれば、おそらく迷うことなくそのスイッチに力を込めることであろう。
その時、アメリカは報復の発射口を、一体どこに向ければよいのか。
これはアメリカが今もっとも恐れていることの一つでもあり、北朝鮮に対して「テロリストに核を渡したら、貴国が地球上から消滅すると思ってもらいたい」という強い一言にも見て取れる。

地球上から核による脅威を無くすには、大きく分けて二つ。
一つはすべての核保有国、核開発国が一斉にすべての核兵器を凍結すること。
たった一隻の原潜も決して残してはいけない。
もしたった一隻原潜を残したとすれば、その瞬間よりその国家が地球上で唯一無二の最強権力を持った国家となるからだ。
果たして、人類がこの誘惑に打ち勝つことができるであろうか。
そして今なお、喉から手が出るほど核を欲しがっているあまたの国が、こうした核凍結に正直に賛同するか。
核は捨てましたと表で握手を交わしながら、密かに深海深くに原潜を沈めている国があれば、そこに神に次ぐ権力が生まれてしまうというこのリスクを、人類はどうやってクリアするのか。

もう一つの方法は、核攻撃能力を持ったすべてのシステムがそれぞれの国家から独立し、国連ないし、多国籍軍の管轄化に置かれること。

その昔、日本も幾多の国に分かれて血みどろの争いを繰り広げてきた。
古くは弥生時代に形成された集落から国、平家と源氏、幕府軍と明治新政府、さらには人壬申の乱のような皇族同士が争った歴史されも我々は経験してきた。
そうした争いの歴史を経て、2000年かけてようやく我々の国家は「日本」というコミュニティーに成長し、軍隊をその管轄化に置くことができた。
自衛隊が軍隊であるか否かの議論はここでは行なわないが、自衛隊を運用することができるのは政府であり、自衛隊の運用方法を決めるのは国民の選挙を経て信託を受けた国会である。

今世界には200を超える国家が存在している。
それぞれが異なった歴史を歩み、様々な思想を持ち、千差万別な価値観を持っている。
けれど、私はそうした国の一つ一つが、揺るがぬ信念とたゆまぬ努力を持って、いつの日か地球という一つのコミュニティーとして統一され、国連という唯一政府によって統治されていく日を心から願うと同時に、そのためにこの小さな自分に何ができるのかを常に自問していかなければならないとも思う。

同じ日本人同士、どうして血を流すのか、同じ民族同士、どうして争うのか。
そうした疑問がこの国を2000年かけて統一に導いていったのであれば、同じ人間同士、同じ地球人同士であれば、いつの日か「世界」という一つのコミュニティーとして成熟していくことも可能なのではなかろうか。
ムラがクニになり、国が国家となり、国家が地球という国家になる。
そうした道を辿っていけば、核の廃絶も、恒久的な世界平和も、とてつもなく厳しい道のりではあろうが、人類は必ず成し遂げるものとぼくは信じたい。


05:18  |  未分類  |  EDIT  |  Top↑

2010.07.22 (Thu)

Che gelida manina - G.Puccini Tenor - Naohiro Tatsumi

Youtube公開第3弾として、以前お届けしたもの中からプッチーニの「ラ・ボエーム」、テノールのアリアの名曲「冷たき手を」を取り上げました。

解説等につきましては、本記事の方にありますので、よければそちらもご覧ください。

本記事
http://kleiber.blog12.fc2.com/blog-entry-142.html



12:22  |  未分類  |  EDIT  |  Top↑

2010.07.20 (Tue)

Dies Bildniss ist bezaubernd schön - W.A.MOZART Tenor - Naohiro Tatsumi

なんて美しい絵姿 / M.A.モーツァルト
オペラ「魔笛」より第1幕タミーノのアリア
オーケストラ制作・テノール / 辰巳直弘

Dies Bildniss ist bezaubernd schön - W.A.MOZART
Oper【Die Zauberflöte K.620】
Orchestra produce and Tenor - Naohiro Tatsumi



youtubeへの公開第2弾はモーツァルトの魔笛を取り上げました。
魔笛はぼくにとっても非常に思い出の多いオペラで、学生時代、何度練習してもうまく歌えず苦労したことや、生まれて初めてオペラの舞台に立たせていただいたのもこの魔笛、ウィーンでAccel先生にレチタティーヴォがうまく指揮できず、こてんぱんに絞られたことなど、非常に苦労した思い出の多い作品です。

作曲されたのはモーツァルト生涯最後の年、1791年。
全曲を通してモーツァルトらしい生き生きとした躍動感溢れる音楽が散りばめられており、数あるオペラの中でもっとも人気の高いオペラの一つでもあります。
しかしながら、そうした精気みなぎる音楽とは裏腹に、初演の後、モーツァルトの健康状態は急激に悪化。
初演から僅か2ヶ月後、その短い生涯を終えることになります。

モーツァルトがこの魔笛を作曲していた時期、最愛の妻コンスタンツェは足の病気のためにウィーン郊外のバーデンに療養に出ていたんですね。
けれどモーツァルトは多忙のために妻に付き添うことはせず、一人ウィーンに残って単身赴任のような格好になったんです。

当時、モーツァルトはかなりの収入を得ていたものの、その分、支出が多くかなりの借金を抱えていたんですね。
けれども妻の療養費を工面するために、方々に頭を下げさらなる借金を重ね、なんとか仕送りをしていたんです。
しかし心配をかけまいとそのことは妻には一切知らせずに、お金のことは心配しなくていいから、と手紙を書き送っている。
そんな中、ついに自らも体調を崩し、死の床に就くことになってしまう。
妻を優しく気遣うあまり、精神的、肉体的に無理をしたことも、彼の死期を早めた原因の一つのような気がしてなりません。

まさしく彼自身の命と引き換えに生み出されたといってもいい、この魔笛。
底抜けに明るく陽気なパパゲーノに触れる度に、そうしたモーツァルトの悲運に満ちた晩年を思い、一音一音をかみ締めながら演奏していきたいといつも感じます。



とある東洋の国の王子タミーノが狩りの途中で道に迷い、大蛇に襲われているシーンから物語は始まります。
そこへ夜の女王の侍女たちが現れタミーノを救い出します。

気を失っていたタミーノが目を覚ますと、侍女たちは小さな肖像画を取り出しタミーノに手渡します。

あなたを救ったのはこの私たちです。
そしてこれは夜の女王様のお姫様です。
このお顔に心動かされるのならば、あなたは幸せと名声を手にすることができるでしょう!

それを手にしたタミーノは、描かれている姫のあまりの美しさに一瞬で心奪われ、このアリアを歌います。



09:33  |  未分類  |  EDIT  |  Top↑

2010.07.17 (Sat)

Il mio tesoro intanto-W.A.MOZART

こんにちは、辰巳です。

この度、新企画といたしまして、より皆様に拙演、拙演を楽しんでいただけるようYOUTUBE内に専用スペースをお借りし、音源の動画化を進めることといたしました。

動画化することによって、これまで対訳や解説を別にテキストとして読んでいただいていたものを、音楽を聴きながら視覚的に感じていただくことができるようになります。

また今回、YOUTUBEでの公開にあたり、未公開音源であったW.A.モーツァルトのオペラ、ドン・ジョバンニからオッターヴィオのアリア「私の愛しい人を慰めて」の第一弾として取り上げました。
コンサート、録音通して初公開となりますので、よろしければ是非ご試聴くださいませ。

また、これまで公開した拙演に関しても、順次、対訳を付与して動画化していく予定ので、是非、ご期待ください。



Il mio tesoro intanto---W.A.MOZART
Opera【Don Giovanni K.527】Don Ottavio 2act
Tenor---Naohiro Tatsumi
Orchestra produced by Naohiro Tatsumi

私の愛しい人を慰めて/W.A.モーツァルト
オペラ「ドン・ジョバンニ」より第2幕 ドン・オッターヴィオのアリア
オーケストラ制作・テノール/辰巳直弘



02:43  |  未分類  |  EDIT  |  Top↑

2010.06.21 (Mon)

BIWAKOオラトリウム合唱団第2回定期演奏会を終えて

多くの方々のお力添えをいただいて、一昨日、BIWAKOオラトリウム合唱団第2回定期演奏会を終えることができました。

お忙しい中、またお足元の悪い中で会場までお越しいただいた皆様には、あらためて厚く御礼申し上げます。
またオーケストラやホールの関係者の皆様方をはじめ、今回の公演に際してご支援、ご協力いただいた方々には、この場を借りて今一度心より御礼申し上げます。
本当にありがとうございました。

さて、公演の方は終演間際の火災報知機の誤作動という前代未聞のハプニングに見舞われたにも関わらず、多くの方に最後まで温かく見守っていただき、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
対価をいただいて音楽を聴いていただくという点では、最後にああいったトラブルによりご満足いただけるサービスを提供できなかった点、非常に心苦しく感じておりますが、今後、同じような事故が起こらないよう最大限に留意しながら、さらに質の高い、またご期待に沿える音楽をお届けできるよう、不惜身命の覚悟で望んで参ります。

今後もBIWAKOオラトリウム合唱団では、次回のヨハネ受難曲の全曲演奏会をはじめ、モーツァルトのレクイエムやベートーヴェンの第九など、様々な取り組み、挑戦を行なっていく予定です。
皆様にとって「一番身近にあるクラシック合唱団」となれるよう、団員一同今後もひたむきに努力していく所存ですので、何卒、これまでと変わらずご指導、ご鞭撻賜りますよう、団を代表して心よりお願い申し上げます。

第2回定期01




さて、ここからはぼく個人の後記を少し。

とにかく今回はタイトなコンサートでした。
代表として、渉外、広報、人事といった事務をはじめ、当日は語りと福音史家のテノールソロと指揮という重責をいただいて、それが無事に務まるかどうかと不安を抱えながらの準備ではありましたが、ここでも色々な方のお力添えをいただいて、どうにかやってこれたこと、本当に感謝の気持ちでいっぱいです。
チェンバロの弾き振りはよく取られる形ですが、指揮・福音史家・解説という三役はおそらく世界でもまずない形ですし、各方面の方のサポートがなかったら、絶対に無理な企画だったろうなと。

ただ、それ以上に合唱団の皆さんも大変だった思うんですよね。
今回は抜粋公演ではありましたが、主要な曲はほとんど取り上げたし、コラールはほぼすべてを演奏したし、普通の合唱団なら、確実に1年掛かりのプログラムだろうけど、それを実質4ヶ月ほどでなんとか形にしてくださって、あらためて頭の下がる思いです。

オーケストラの皆さんにしても同じで、ほぼすべての方が受難曲という未知の領域に踏み込んで、さらにぼくの無理難題を吸収しようとひたむきに取り組んでいただいて。

あらためて思うんですよね。ぼくは幸せだなって。
本当のたくさんの方に、様々な形ではあれご支援、ご指導をいただいて、どうにかぼくの思い描いていたものが形になりつつある。
もちろん、演奏面、運営面ではまだまだ詰めるべき部分は山積みですし、昨日の演奏も、お世辞にも名演だったは言いがたい。

けれど、そこに誰かの夢、期待、そして癒しや救いとなる可能性がある限り、ぼくの情熱は決して折れることも、消えることもなく、困難であればあるほど、なんとかしてその壁をよじ登ってやろうとと思えるんですね。
それは決して、ぼくの何かが優れているのではなく、周りの方々がそうさせてくださっていると思うんです。

例えば、団員さん。
今回の取り組みは、音楽を専門としないアマチュアの方にとれば、相当に高いハードルだったと思うんですね。
けれど、団員の中には、少しでもいい音楽を作りたいと、ぼくと志を共にしてくれて、毎週の定期練習だけではなく、今回の公演に向けても、本来の練習以外に別に集まって8時間耐久練習なるもの自主的に組んでくれたり。

例えばお客様。
昨日、公演に足を運んでくださった方の中には、ぼくの高校時代の先輩や友人など、数年ぶり、中には十数年ぶりに顔見れた方もいて「ホームページ見てたよ、応援してるからこれからも頑張って」なんて声を掛けてくれた人もいたり。

オーケストラの皆さんにしても然り。
今回コンサートマスターを引き受けてくれた墨染交響楽団の木村君をはじめ、自分たちの活動とは別に、まったく未知の、しかも相当な曲数に取り組んでくださって、さぞ時間も労力も割いていただいたろうなと。

今お話した皆さん、どこが欠けても今回の演奏会は実現できなかったわけで、本当にたくさんの方に支えられ、ご協力をいただいて、幸せな時間を過ごさせていただき、本当に感謝、感謝です。


ただ、反省すべき点もまだまだ山積みで、演奏の質は当然もっと洗練させていかなければならないし、また「いくらできる」とぼくは思っています。
昨年の第1回の定期から数えてちょうど1年にあたりますが、1年間でなかなか成長したね、ではなく、言葉を失ってもらえるぐらいの衝撃的な成長を見ていただけるよう、今日から始まる半年、まずは兜の緒をぎゅっと引き締め、万策を駆使し取り組んでいきたいと思います。

ゲネラルプローベ01

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04:55  |  未分類  |  EDIT  |  Top↑
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